言葉を伝える練習帳。


by sumi0313
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とうきょう

先週は、友達と東京タワーに行きました。

前に行ったのが中学生の時だから、ほんと久しぶり。
赤い鉄塔は、改めて近くでみるとかなりごつい感じでちょっと意外。
夜、遠くで見るのはかわいいんだけどね。

エレベーターでぐぐーとのぼって、あっという間に展望台。
あいにく少し雲がかかっていたけれど、雲間から光が差し込んでいたり
遠くの高いビルがぼんやり建っていたりするのが見えて、ちょっと神秘的。

360度、ぐるりと東京の街。
見知ったビルもちらほら見える。

ここでもう何年も暮らしてるんだよなあ、と今更ながら思う。
もともと来るはずじゃなかった場所にいる、来たときは想像もできなかった今の自分。
うーん、不思議不思議。


記事を書いてたら、なんとなく、とある歌の出だしが思い浮かんだ。

ここには 来るつもりはなかった 何処からずれ始めたんだろう
きしむ椅子に座って 窓の外グランドを走ってく誰かの影を見てたあの頃かな

と、あと別の歌のサビも思い浮かんだ。

勝手に飛び出して 勝手に辿り着いた
この街だけが知ってるよ 忘れた夢の 引き出しを

どっちも好きな歌。

まだしばらくはここにいる予定だけど、数年後の自分はいったい何をしているのやら…
まあとりあえず、東京にいるなら、東京を楽しもう。と思った。
きっと、まだ自分はこの街をエンジョイしきれていない。。

最近生活がインドア過ぎたのでちょっと方向転換しよっかな、と思った先週末でした。
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by sumi0313 | 2008-10-23 01:06 | おでかけ
今年のノーベル文学賞は、フランスのル・クレジオという人が受賞したらしい。
全然知らない…読んだことない…
読んでみたいけど、文庫とかあんまり出てないんだろうな。これから出るかな?
そういえば、海外文学って読むのは古典が多くて、近代・現代のものはあまり読んでいないことに気づいた。
読めば読んだで、面白いんだけどね。

ということで、まあル・クレジオとかノーベル賞とかは全然関係ないんだけど、
今回は海外の近代・現代文学で読んで気に入っている本を挙げてみようかなと。
ちなみに全部短編集です。
長編はなかなか手が付けられない…。

■レイモンド・カーヴァー 『Carver's dozen』
村上春樹が日本に紹介したアメリカの作家。
この本は訳者おすすめの短編に、エッセイ・詩のおまけもついていて、わりと1冊で楽しめる。
大学の時に英語の授業で読んだのが最初かな?
原文がよくわからなくて(^^;、図書館で翻訳本を借りて読んでみたのがきっかけ。
私が好きなのは『大聖堂』と『ささやかだけれど、役に立つこと』。
カーヴァーは基本的に乾いた(場合によっては殺伐とした)雰囲気なんだけど、この2編は特に最後の終わり方にじんわり暖かいものが感じられて好き。
この人は日常の中で人の感情が、小さいけれど重要な変化を起こす瞬間を切り取るのがうまいなと思う。

■ガルシア・マルケス 『エレンディラ』
確かスペイン語圏(中南米)の人だよなーと思って調べてみたら、コロンビアの作家だった。
この人はノーベル賞取ってるんだよね。
『百年の孤独』が有名だけど、それはまだ読んでなくて…
前にこの短編集を中古で見つけて購入。
この人の長編は読みづらいとかって聞くけれど、この本は別にそうでもなかった。
なんというか…南米のあやしげな不思議ワールド全開。夢みたいな感じかな?
夢って目が覚めてから思い出すとすごい変なんだけど、夢の中にいる自分は別に違和感もなくその変な状況を受け入れてるというか。そんな話が多かった。

■トマス・ピンチョン 『スロー・ラーナー』
変わった名前だな…。と初めて名前を見たとき思って、それからなんとなく気になってしまい最近ついにピンチョンデビュー。
アメリカの作家。ちょっと変わり者?で謎の多い作家、らしい。
これは初期に書かれた作品を集めたもの。
彼の文章は正直言ってわかるようなわからないような…だけど、行間に潜む雰囲気や、語りの断片など、何か魅力を感じる。
淡々とした文章の中に、現実離れした世界がいつの間にか忍び込んでくるのは面白い。
よくわかんないけど、また読みたい。

今書いてて思ったけど、こういう本って、結局読んでいてもわかったつもりになっているだけで、きちんと理解して読めるのなんてほとんどないんだろうなーって思った。
わかんないけど、なんか面白い。なんか心に引っかかる。
なんでだろ…。
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by sumi0313 | 2008-10-11 03:11 | ほんよみ

充実の

ずいぶん前に「遅刻」という詩を書いたんだけど、あれから4年。
やっぱり今年も秋に遅刻してしまった。

もうすっかり朝夕は涼しくて、日中は暑いときもあるけれど、あんまりうれしくない…
もうどんなに暑くても夏じゃないから。

でも、今年の秋はどんな秋になるだろうか。
ちょっと慌ただしくなるけど、きっと変化がたくさんあって、
きっと自分がしっかりがんばれば、充実した、いい季節になるだろう。

秋は、「充実」の言葉がよく似合う。
十分に熟した、甘くてみずみずしい果肉がぎっしり果皮の内側に詰まって、はちきれんばかり…のイメージ。
で、秋の味覚の一つであるぶどうを食べてると、中村草田男のこの俳句を思い出す。

 葡萄食ふ 一語一語の如くにて

言葉の一つ一つのように豊かで味わい深いぶどうを一粒一粒、かみ締めるように食べる。
言葉好きな俳人らしい一句だなあと思う。

草田男というと、「万緑(ばんりょく)」の季語を作った人でもあるんだよね。
「万緑」は夏の季語だけど、この言葉もとても好き。
「万緑の中や吾子(あこ)の歯生えそむる」…っていう句。
一面の力強い濃い緑と自分の子供の成長が重なって、作者の喜びが伝わってくる。

とりあえず、毎年恒例の読書の秋とともに、今年は充実の秋になりますように。
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by sumi0313 | 2008-10-06 00:56 | ひびおもう

国語

いま、高校生の添削指導の仕事をしているのだけど、受験科目としての国語に携わったのは5年ぶり?くらい。
指導する側に回ってみると、なんとなくの「感覚」で問題を解くのではなくて、国語といっても基礎知識が重要で(特に古典)、問題を解くための論理的なメソッドがかなりあるんだなあと実感する。

まあ、「受験科目」としての国語はそんな感じなんだけど、高校のときいろんな評論や小説や古文や漢文を読んでいたのは、単に受験のために「問題を解く力」をつけるためだけじゃなくて、教養というものを身につけるためでもあったんだな、と今にして思う。
てか学校の勉強って本来そういうものなんだよね。
現役の頃はそんなの深く考えもしなかったけど。

評論を読んでいろんな考えに触れたり、ものごとの考え方を学んだり、あるいは古典を読んで自国の文学史を覚えたり、文章を通して昔の文化に生でふれたり。

受験のための国語も大事だけれど、純粋に文章を読む楽しさや、新しい考え方にふれることの面白さを、もっと国語の授業を通して体験できたらいいのになあ…と思う。
それで単純に国語の点数が上がるわけではないだろうけど、後々きっと、自分の力になるはずなんだよね。

というようなことを、今の高校生に言ってあげたい…とぼんやり思ったのでした。
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by sumi0313 | 2008-10-01 00:37 | おしごと